徒然日誌32

俄かに鉄ちゃん

鉄道マニアじゃないけれど…
廃線跡を辿ってみました〜^^


日差しの暖かい春の日
もうすぐ桜も咲き始めるなぁ〜^^

GSFでぶら〜っとお散歩してると…


道路脇にちっちゃな機関車を発見!



わ〜?!ちっちぇ〜っ^^♪

遊園地の遊具かな?
いや…これは本物のSL
蒸気機関車だ〜

でもなんでこんなトコに置いてあるんだろう?

辺りをキョロキョロウロウロしてみると・・・

どうやらココには昔、鉄道が通っていたようです。
その名を『大川鉄道』

大正元年に今の福岡県久留米市から
筑後川河口にある大川市を結ぶ鉄道として
開業したそうです。路線距離16Km
この蒸気機関車は
昔ここを通ってた鉄道で使われていたんですね〜


運転台の横にあるプレートから
『明治44年1月』に作られたもののようです。

明治44年って・・・?
1911年…になるのかぁ〜
運転台の中を覗くと
う〜んシンプルな…

まぁ計器類とかは失われているんでしょうが
燃料の石炭を入れる焚口が見えます

手前のレバーはブレーキかなぁ〜?
小さな動輪(駆動輪)が2個・・・

B型の機関車ですかねー^^

確かアルファベットで動輪の数を表してるって
聞いた事があります。

蒸気機関車で有名な『デゴイチ』は『D51』
Dだから動輪が4個の機関車の51型って事ですかね?

他には特急列車を牽引した高速機関車『C62』
優雅なデザインで有名な『C57』
共にCで動輪3個の62型と57型の機関車。


ちなみに頭に『D』が付くとディーゼル機関車
例えば『DD51』とか『DE10』
頭に『E』が付くと電気機関車
例えば『EF81』とか『ED62』とかです
調子に乗って・・・

だんだん大胆になってきます^^;

ボイラーのフタ開けてみちゃいました〜

どれどれ〜?
ふ〜ん・・・こうなってるのかぁ

奥のレンコンか蜂の巣みたいになってるトコ
運転台にあった石炭を燃やす燃焼室(?)から
熱せられた空気が通って水を加熱して蒸気を作る
ボイラーなんですね^^


手前の配管は・・・
最初煙突の手前で配管が外れちゃって壊れてると
思ってましたが違いますねぇ

どうも駆動シリンダーから排気された蒸気を
この配管から噴出させる事で
ボイラー内の煙と共に煙突から排気させるようです。
この機関車の諸元が書いてありました

ふむふむ・・・ドイツ製なんだ


・・・!
最高時速20Km/hだって^^;



自転車より遅いなぁ〜

でも…
1両50名定員の客車2両と貨車1〜2両連結時って
事ですから、ゆっくりながらも輸送能力は
頼もしい物だったのでしょうね〜
走行中の写真

この写真では客車3両と貨車2両を牽いています

小さいながらも黒煙を上げて走る姿は
立派な蒸気機関車ですね〜

実際に走ってる姿を見てみたかったものです^^


黒煙が勇ましい写真^^
カッコイイですね〜

・・・左の写真みて気付きましたが
この機関車ちょっと間延びしてるな〜と思ったら
水タンク・・・
左の機関車は中央の丸いボイラーの両側に
四角い箱が付いてますね
それが水タンクなんです。
蒸気機関車ってぐらいだから
動力源は蒸気・・・石炭じゃないんですよ^^
石炭は水を沸騰させて蒸気を作る為に
燃やしているんです。
だからSLには石炭と共に大量の水を積む
必要があるんですが・・・
この機関車ってドコに積んでんの?
運転台の左右前方に張り出しが有るけど
片方が石炭で片方が水なのかな?
・・・少なすぎるような気がしますが^^;

なんとも長閑な駅の風景

日本の鉄道って
こんな小さい規模の物でも
ちゃ〜んとホームが有るんですよねー

ほら、『世界の車窓から』って番組見ると
外国の鉄道の駅、ホームが無くて
線路と同じ地面の高さから乗降りしてません?

客車の乗降口にタラップが付いてるんですよね〜

日本の鉄道車両にはタラップが無くて
昇降口の高さに合わせたホームが有りますね
こんな小さな鉄道の駅にも・・・
ホームの写真を見てて気付きました

ここって駅の跡・・・
んじゃ〜この路地ってば

線路の跡なんじゃない?

なんか線路だったっぽい雰囲気がします
別に立ち入り禁止とも
手を触れるなとも書いてなかったので

運転台へ入ってみちゃいました^^


機関士さんはこの窓から
筑後地方の田園風景見ながら
この機関車を走らせていたんですね

なんか線路の跡っぽい感じが
プンップンしてましたので・・・


辿ってみちゃおーかな〜^^♪

そう思って走り出すと・・・

あ!歩道の模様が・・・
これって線路を再現してあるじゃないですかぁ〜!

レールのように2本の黒い線
枕木状に茶色の模様

こりゃ面白いや^^
『廃線跡を行く』ってヤツだな〜♪
暫らく進むと・・・

ココは確か…
以前酒蔵開きの時立寄った事の有る
『萬年亀』という酒造所です

ココの前って線路だったんだ〜
前に来た時ぜんぜん気付かなかったよ^^;


それにこの景色って・・・
蒸気機関車が展示して有ったトコの写真

手前に倉庫が出来てるけど煙突や
奥の建屋はそのままなんですね〜^^
振り返ると・・・
こんな感じです^^

線路跡は歩道と自転車道として再利用されてます。
道路も線路に沿って作られたんですね〜

火の見やぐらがいい感じ♪
線路は続く〜よ〜♪

いや〜
キレイに廃線跡が残ってるもんですね^^
奥の木やレンガの倉庫は当時からの物でしょうか?

古そうな連歌の倉庫には

これまた懐かしい『金鳥蚊取り線香』の
看板が立てかけてありました
線路跡の傍にあった神社には

手押しポンプの付いた井戸が^^

レトロ感満載です〜
線路跡はやがて川を渡りますが・・・

この橋って鉄橋の物を利用?
でも鉄道の橋とは構造が違う気がします

橋の前後にはまだ
歩行者&自転車道となった廃線跡が続いています
しかし・・・
城島町を通過してから線路跡が判り辛くなり
筑後川沿いに出る頃には
見失ってしまいました・・・

う〜ん・・・線路はこの先の大川市まで
続いていた筈なんだけどなぁ〜
やれやれ・・・って諦めた時

堤防のすぐ下・・・
なんか線路跡っぽいな・・・

あっ!!
これは・・・

橋台じゃないか!

橋の取付部分です

橋げたを固定する為のアンカーボルトが
残っていました

それに…この幅や前後の地形

これは鉄道の跡だと思います

わ〜、遺構を見つけちゃった〜^^♪
でもそれが最後・・・

その少し先で
全く判らなくなっちゃいました〜

線路跡はドコに消えたんだろ…

堤防付近をキョロキョロ探して見ましたが
完全にロスト・・・

代わりに・・・ヤギさん発見!^^
お昼寝中のトコ邪魔しちゃったかな?


う〜ん全く手掛かり無し
河川改修工事とかで
痕跡は無くなってしまったんだろうなぁ…
まぁ、行き当たりバッタリで
事前に何も調べてない割には
良く辿れた方じゃないかな〜?

・・・と、自画自賛。


帰ってからネットで調べてみると
もう少し先に鉄橋の跡が有るそうです。

グーグルアースで調べてみると
有りました!
確かに4本の橋脚が残っていますね


・・・でもココって堤防の内側じゃん?!
まさか内側を通ってるなんて夢にも思いませんでした
増水したら水没ですからね〜

これは多分・・・河川改修工事によって
地形が変わってるんじゃないかと思います。
廃線辿りは諦めて引き返すとするか〜

筑後川の堤防を北上
見えてきたのは古びた感じのトラス橋
『六五郎橋』
おいらとかは「ろっころばし」と呼んでいます

ワーレントラスって形式になるのかな?
筑後川下流部の道路橋としては
古い部類に入るんじゃないでしょうか(1966年製)

この橋の由来は
400年以上前、この土地に大友宗麟が攻め寄せて
来るのに備えて城を作っている時、その難工事に
庄屋の庄屋の楢橋六左衛門と養子の吾平が
人柱となって完遂させたという事に由来してるそうです
六五郎橋を過ぎて2つ目の橋
近代的な斜張橋
2代目『天建寺橋』です。

昔ここには『天建寺の渡し』という渡船が
有ったそうですが、昭和25年に水難事故が発生し
通学中の子供が多数犠牲になってしまい
すぐに橋が架けられたのですが・・・

初代天建寺橋は狭くて4t以上通行不能でした
おいらも何度か通った事があります
ホントに狭い橋でしたよ
1999年にこの2代目天建寺橋が完成し
快適に通行できるようになりましたね



麗らかな春の一日
ぶら〜っと筑後平野のお散歩でした〜^^
坂東太郎、筑紫次郎、四国三郎の3大暴れ川、筑紫次郎こと筑後川流域の風景でした〜

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